第4課

【4】第二次世界大戦と冷戦だいにじせかいたいせんとれいせん

世界恐慌による経済状態の悪化からドイツ・イタリア・日本ではファシズムが台頭してきた。この三国は日独伊防共協定(のちの日独伊三国同盟)を結び、アメリカ・イギリス・フランスなどと対立を深めた。1938年、ドイツがオーストリアを併合、続けてチェコスロバキアのズデーデン地方を併合しようとした。この併合に関して英・仏・独・伊の首脳によって開かれたミュンヘン会談で、ドイツとの対立を避けるためにズデーデン地方の併合が認められた(宥和政策1)。しかし、ドイツは更に領土拡大を進め、ソ連と不可侵条約を結び、ポーランドへ侵攻した。これに対し、イギリス・フランスがドイツに宣戦布告、第二次世界大戦(A)が始まった。
ドイツの進撃はヨーロッパ全体に広がり、バルト3国を併合、ノルウェー・デンマークを占領、オランダ・ベルギーを経てフランスに侵入した後、パリを占領した。ドイツが有利な戦況を見たイタリアはドイツ側に参戦した。ドイツの攻撃は更にイギリスにまで及び、大規模な空爆をしたが、イギリスの激しい反撃に遭い、イギリス本土上陸をあきらめた。また、ドイツの支配下に置かれたフランスはド=ゴール将軍がイギリスで「自由フランス」を組織し、フランス国民へドイツへの抵抗をさけび続けた。
一方、日独伊三国同盟を結んだ日本はアジア・太平洋において次のようなことを行った。1931年、日本は中国に満州国を作り東北地方を占領した。その後、中国全土を占領しようとした日本は露廬溝橋事件を起こし、日中戦争へ突入した。しかし、長引く戦争で国力を消耗していった。東南アジアでは、ドイツがフランスに降伏したしたことからフランス領インドシナに進駐。このことや日中戦争を引き起こしたことが原因で日本とアメリカは関係が悪化した。日米交渉が決裂した日本は1941年ハワイの真珠湾(Pearl Harbor)を奇襲攻撃し、太平洋戦争が始まった。日本は東アジアと太平洋で勝ち進んだが、1942年のミッドウェー海戦で大敗すると、徐々に戦況は悪くなっていった。
ヨーロッパ戦線でも、同年のスターリングラードの戦いでソ連がドイツ軍に勝利すると、連合国側に有利な流れとなった。イタリアが無条件降伏し、ノルマンディー上陸作戦が成功、パリを解放した。その勢いで連合国側はドイツに攻め込み、ヒトラーが自殺、ドイツも降伏した。
ドイツ敗戦後にポツダム会談2が行われ、日本にポツダム宣言が発せられ、日本も降伏を勧告されたが、日本はこれを無視。1945年8月、アメリカによって広島・長崎に原爆が投下され、日本は無条件降伏に至り、第二次世界大戦が終結した。
対戦の結果、米ソ2大国による勢力覇権、アジア・アフリカの独立意識の高まりなどが起こった。

第2次世界大戦が終結した後も,40年以上にわたって世界規模での対立が続いた。これはそれまでの世界大戦と異なり,「冷たい戦争」(=冷戦)(B)と呼ばれた。「東側」と「西側」と呼ばれた2つの大きな陣営が,政治的・経済的・イデオロギー3 的に対立した。
「東側陣営」(=Eastern bloc)と呼ばれたのは,ソ連(U.S.S.R.)を中心とした社会主義国陣営だった。第2次世界大戦まで,社会主義国は,ソビエト社会主義共和国連邦(=ソ連)一国だけだった。しかし,ソ連の支援を受け,東欧諸国やアジア・アフリカなどで,社会主義体制を採用する国が世界規模で増えた。
「西側陣営」(=Western bloc)と呼ばれたのは,アメリカ合衆国(U.S.A.)を中心とした資本主義国陣営だった。西ヨーロッパだけでなく,アジアやアフリカでも資本主義体制を採用する国は,アメリカの側につくことが求められるようになった。
この2つの陣営は,イデオロギーの違いだけでなく,経済体制の違いからも対立した。西側諸国は,1949年に「対共産圏輸出統制委員会」(COCOM)4を設立した。資本主義諸国から共産主義諸国への戦略物資の輸出を統制するのが主な目的であった。いっぽう,ソ連を中心とする東側諸国は,COCOMに対抗して,1949年に「経済相互援助会議」(COMECON)5を結成した。相互の経済協力や,社会主義諸国の経済発展を推進するのが主な目的であった。
この2つの陣営は,軍事的にも対立した。西側諸国は「北大西洋条約機構」(NATO)6という軍事同盟を結成し,東側諸国は「ワルシャワ条約機構」7を設立した。こうして,2つの軍事ブロックが形成された。それぞれの主導者であるアメリカとソ連は,軍備拡張競争を展開しながら,経済的にも自分たちの影響力を強めようと,世界中の国や地域に干渉した。特に,アジア・アフリカ地域は東西両陣営の勢力拡大のための激しい争奪の場となった。そのため,ソ連やアメリカによる軍事的・経済的な圧力や侵攻を受けるようになった。
しかし,米ソの対立の構図(「二極化」とも言わる)も,それぞれの経済的・軍事的負担から,1960年代以降,さまざまに変化してきた。西側では主要国のフランスがNATOから脱退したり,東側でも,ソ連と中国(中華人民共和国)の対立が大きくなったりした。世界は「多極化」するようになった。

[問1] 下線部(A)について。第二次世界大戦中に起こったことではないことを1つ選びなさい。

(1)スターリングラードの戦い
(2)ドイツによるパリ占領
(3)ファシズムの台頭
(4)ノルマンディー上陸作戦
[問2] 下線部(B)について、冷戦中の東側陣営・西側陣営の主義・中心となった国について答えなさい。

(1)東側陣営=資本主義・ソ連  西側陣営=社会主義・アメリカ
(2)東側陣営=資本主義・アメリカ  西側陣営=社会主義・ソ連
(3)東側陣営=社会主義・アメリカ  西側陣営=資本主義・ソ連
(4)東側陣営=社会主義・ソ連  西側陣営=資本主義・アメリカ

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